甘い中玉トマトの8割を直売で売り切る 儲かる都市農業のビジネスモデル

農業ビジネスベジVol.30(2020年夏号)より転載

文/小野 淳 写真/鈴木 忍

2020/10/13

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(株)山口トマト農場 山口卓

都市部の農地を使って収益を上げ、都市ならではのメリットを生かした農業を実践する。
(東京都練馬区大泉学園町2-23-55)

この写真は、東京都練馬区の住宅地の中に建つ山口トマト農場のパイプハウスだ。戸建て住宅や集合住宅がぎっしりと立ち並ぶ住宅地にあった自宅を農地転用し、3連棟8aのハウスを建てた。

練馬区は都市農業の振興に特に力を入れている行政区で、住宅街の中にかなりの規模で市街化区域内農地が点在する。その面積は東京23区の中で最大で、23区の全農地面積の約4割を占める。

練馬区には、都市住民のニーズに応えて発展してきた農業のスタイルがいくつもある。

まずは農業体験農園。農業者が経営の一環として行う消費者参加型の農業で、1996年に練馬区で開園した「緑と農の体験塾」(園主・加藤義松氏)が全国初の農業体験農園。地域の人たちに農業を理解してもらい、農業の感動を知ってもらいたいと始まった練馬方式といわれるこのスタイルの農業体験農園は、その後区内だけでなく全国にも広まっていった。

観光農園の数も23区で最も多く、最も数が多いのがブルーベリー摘み取り農園。余暇活動を提供する農業であり、農家の省力化も実現できる都市農業のカタチのひとつで、練馬区も農園マップを作成して集客をサポートする。

そして農産物の直売。これも周辺に住民が多いからこそできる販売方法で、練馬区の農家の6割が自販機や軒先などで販売を行う。

栽培は露地野菜が中心で、江戸時代の半ばころから昭和初期までは「練馬大根」が盛んに作られていたが、今ではそれがキャベツにとって代わり、練馬区は都内随一のキャベツ産地だ。とはいえ、区内の農家は農業収入の占める割合が全収入の5割未満の第二種兼業農家がほとんどで、農業収入は100万円未満の農家が半数を占める。

そうした都市農業の現実の中で、収益性を追求し、中玉トマトの養液栽培に特化することで成果を出しているのが山口トマト農場だ。

宅地を農地に転用してパイプハウスを建設

山口卓氏(49)が練馬区でトマトの施設栽培を始めたのは2012年。用地は、道路建設に伴い解体したマンションの空き地5aを農地に地目変更して確保した。いわゆる「逆転用」である。

宅地から農地への転用は、自治体にとっては税収減となるし、地主の税金対策として乱用される恐れもある。しかし、練馬区は若手後継者が農業に意欲的に取り組もうという姿勢を評価した。

山口氏はこう当時を振り返る。

「逆転用の前例は聞いたことがなかったんですが、行政の力添えで何とか実現できました。それまでは自宅前にある15aほどの小さな農地でブルーベリーやトウモロコシをやっていましたが、露地ではいくら頑張っても10aあたり100万円ぐらいの年間売上にしかならない。とても本業にできる規模ではありませんから、これからは農地を増やし、収益性の高い施設栽培をやるべきと考え、大玉トマトの養液栽培に取り組むことにしたんです。そうと決めたからには助成金などを待っている時間がもったいなかったので、自己資金1000万円を投じて始めました」

完成した施設の面積はおよそ4a。トマトの施設栽培がどこまで収益をあげられるか聞き取りや視察をして、東京都農林水産振興財団が推し進めている「東京式養液栽培システム」を導入することにした。

これはヤシガラ培地の畝を養液貯留槽(貯水槽)の上に組み立て、点滴チューブによる給液をかん水と給肥(液肥)で別々に制御するシステムだ。養液は濃度管理ではなく、量的な施肥管理を行うのが特徴で、培地から排水された貯留液の水位でかん水量をコントロールし、貯留液の化学的データで施肥量を調整する。かけ流し方式と違って廃液が発生しないので環境負荷が小さく、肥料の無駄も出ない。また、循環方式よりはシステムがシンプルなので設置コストがおさえられる。

山口氏はトマト栽培の経験が一切ないまま、東京都の専門家の指導のもと大玉トマトの養液栽培をスタートさせる。

「売り先は当初はJAの直売所がほとんどでしたが、初年度で200万円ほどを売り上げ、手ごたえを感じました」

3年ほど続け、売上高は300万円ほどに伸びたが、そのあたりで限界を感じるようになった。そこで直売の強みを生かし、樹上完熟でトマトの付加価値を高めようとしたが、どうしても割れなどのロスが多く出てしまい売上につながらない。

そんなときに視察先ですすめられたのが、中玉トマトだった。実際に中玉トマトの「フルティカ」を作ってみると、思った以上に消費者の反応は上々で売上が伸びた。本腰を入れるためにさらに施設を拡大したいと考えていた矢先、山口氏は思わぬ決断をすることになる。

「祖母が亡くなって相続が発生したので、トマト施設があった農地を売却しなければならなくなったんです。そこで、自宅が建っている土地を農地に逆転用して17aほどの農地を確保して、さらに本格的な施設を建てることにしました」

二度目の逆転用である。東京都の区部における農業は、常に相続による農地減少のリスクにさらされている。相続税を支払い、親族で資産を分配するとなると、自宅は確保しても農地を売却しなければならなくなる例がほとんどだ。山口氏のように自宅を農地に変えてまで農業を継続しようというのは珍しい。

2018年、自宅跡に新しい8aのハイプハウスが建った。栽培規模を2倍以上に拡大した形だ。養液栽培システムも再考し、培地にはヤシガラを詰めた袋を使う「ココバッグ栽培」を採用した。培地が袋ごとに隔離されているから、万一病害が入っても袋単位で簡単に交換ができ、導入コストも安い。施設整備費は約3300万円。このときは助成金もフル活用した。

現在採用しているのはイノチオアグリ株式会社のヤシガラ培地システム。

糖度を左右する廃液率に特に着目してかん水量をコントロールする。

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