樹齢20年の老木もよみがえらせる 日本一レモンに詳しい男

河合果樹園 代表 河合浩樹

幼い頃は昆虫少年。大学時代は〝社会勉強〟ばかり。
農業を継いで5年後、思いついて無農薬でレモン栽培を始めると、
ふたたび地面に這いつくばり、
飽かずに何時間も虫を観察する少年に返った。
誰もなしえなかった無農薬レモンの経済栽培を達成し、
日本一レモンに詳しい57歳の篤農家は今、
さらに「次」を見据えている。

農業ビジネスベジVol.27(2019年秋号)より転載

写真/金盛正樹

2020/09/09

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河合浩樹

PROFILE/1962年生まれ。静岡大学農学部を卒業後、実家のミカン農家の5代目に。1995年より「完全無農薬レモン」の経済栽培を目指して研究と実験を開始。鉢栽培と、天敵を利用してハウス内の生態系バランスを維持する栽培体系を確立する。

2019年2月、愛知県豊橋市の河合浩樹氏は、第48回日本農業賞「食の架け橋の部」の大賞に輝いた。JA全中やNHKなどが主催する日本農業賞は、農業者にとって格別だ。  2016年には初の著書『虫たちと作った世界に一つだけのレモン』(朝日新聞出版)を刊行。1995年に始めた「無農薬でレモンを作る」という無謀な挑戦が実を結び、いまや豊橋に、日本にこの人ありと言われる存在になった。パイオニアも仕事の集大成の時期──端からはそうも見える。しかし優れた農業者は立ち止まらない。河合氏は、まず農園から車で5分ほどの山へ我々を案内した。

──日本では難しいレモンの無農薬栽培を確立したのは、ハウスでの鉢栽培でした。今度は山の斜面にレモンを植えたのですか?

20年以上、鉢で無農薬栽培していたレモンの木が寿命を迎えたのですが、木が「まだ生きたい」と言っている気がして。うちで一番作業条件の悪いこの段々畑で自然栽培にチャレンジしようと、5年前に植え替えたのです。

本を出した3年前くらいから栽培環境が大きく変わってきました。主に暑さと過湿で、今年は春、その前は10、11月の長雨で病気が多発。特に今年は全国的に果実が壊滅状態で、品質と収量が上がらず単価も安く、果樹農家は三重に苦しんでいます。

ただ、うちでは意識してリスク分散をはかっています。どこかがダメでも必ずほかで穴埋めでき、経営全体でバランスが取れるようにしている。

今年うまくいっているのが、この自然栽培。5年経って一番いい状態になりました。老木が、鉢から地面に植え替えたら復活した。まさに第二の人生です(笑)。

葉は少なく葉色も薄いが、サイズの立派なレモンが無数に実っている。

──植え替えただけで?

いえいえ。自然栽培は「何もしない」ではありません。

じつはカンキツ類は強い日光が苦手。化学肥料を多用すれば繁茂するので半日陰に実が生りますが、無施肥だと葉数が激減するので、周囲に木を植えて半日陰を作りました。

土壌が痩せているので、初期にはマメ科植物を播種して窒素を固定。つる性の雑草が這い上ると木が弱るため、草刈りも年4回は必要。また幹にゴマダラカミキリの幼虫が入らないよう、根元に網をぐるりと張り巡らしています。それでも入るヤツは見つけ次第、針金でほじくり出します。

植え替えから4年間は黒点病が出たりしましたが、今年はきれいな実をたくさんつけてくれました。皮肉なことに、今はハウスより露地のこの温度帯がレモンにはいいのです。ハウス内は暑くなりすぎて年々厳しくなっている。これまで培ってきた技術を、少しずつ修正しながら転換していくしかない。

でもね、私の運のいいところは、厳しい状況になると、この自然栽培のように次の道が見えてくること。今から始めては体力がもたなかったかもしれません。

それに50歳を過ぎた頃から、ある程度、自然にまかせてしまおうと考えるようにもなりました。若い頃は、とにかくコントロールしようと思うんですよ。今まで僕らが教わってきた農業自体、自然に対抗するものだから。でも無農薬栽培では、自然に逆らわずに何とか収穫を上げる方法を見つけるしかない。長くやっていると、このことが身に染みてきます。

ゴマダラカミキリの幼虫から木の根元を緑色の網でガード。

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