長男が牛を育て、次男がチーズを作る

北海道山越郡長万部町の「川瀬チーズ工房」は、2017年にオープンした町ではじめてのチーズ工房。町で初の六次化認定事業だ。
過疎と高齢化の町で、長男が牛を育て、その生乳で次男がナチュラルチーズを作る。
目標はフランスで衝撃を受けたコンテを目標にいつかナチュラルチーズを町の特産品にすることだ。

農業ビジネスベジVol.22(2018年夏号)より転載

文・写真/吉田直人

2020/11/26

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川瀬牧場の後継者、長男の川瀬直人氏(左)が育てる牛の生乳で、次男・昭人氏(右)がナチュラルチーズをつくって販売する。

上は2017年5月、満を持してリリースしたセミハードタイプのオリジナルチーズ「フリル」。「ジロール」という専用の削り器で削るスイスの「テッド・ド・モワンヌ」によく似ているが、味わいも風味も本家よりマイルドで日本人好み。

人口5300人の町に誕生したチーズ工房

北海道渡島(おしま)総合振興局北部にある長万部(おしゃまんべ)町は、特急列車で函館から約1時間半、札幌からは約2時間20分。札幌のある道央と道南を結ぶ交通の要衝として古くから栄え、カニやホタテなどの漁業、そして林業と酪農が産業の中心である。

1960年代には1万5000人を超えていた人口は、現在5300人あまり。高齢化も顕著だが、町内には東京理科大学長万部キャンパスがあって1年生が全寮制のため、18、19歳の人口が突出している。

この町に2017年、初めてナチュラルチーズの工房がオープンした。「町ではナチュラルチーズの存在を知らない人も多かった」と店主の川瀬昭人氏が言うように、酪農はさかんでも大半の住人にとってチーズといえばプロセスチーズ。そんな過疎と高齢化の町でチーズ工房を立ち上げるには、相当の思いと覚悟があった。

川瀬チーズ工房にはバックグラウンドがある。長万部町内にあり、昭人氏の父・昭市氏と兄の直人氏が経営する実家の牧場だ。牧場の代表である父の昭市氏は、「息子二人のどちらかに牧場を継がせ、もうひとりには加工をやらせたいと思っていた」と言う。しかし兄の直人氏は言う。

「牧場を継げとか加工に乗り出すつもりだとか、父はまったく口にしなかった。だから僕らは完全に自分たちの意思で自主的に牧場を継ぎ、チーズ造りの道へ進んだんです」

チーズ工房と牧場は車で4、5分の距離。工房は、この牧場で生産される絞りたての生乳なしには成立しない。まずは牧場の話から始めよう。

25、6歳のとき、実家の牧場で父とともに働くようになった兄の直人氏は、まず土壌改良に着手した。頭にあったのは、兄弟の出身大学(江別市にある酪農学園大学)の創設者で、雪印メグミルクの創立者の一人でもある黒澤酉蔵が唱えた「健土健民」だ。

簡単にいうと「健康な土から健康な食料が生まれ、健康な食料があって健康な人間が存在する」という理念のことで、土壌改良後、牛が目に見えて健康になり、一頭あたり平均9000㎏程度だった年間乳量が1万1000㎏と、2割あまりも増加した。

餌は変えていないので牧草の質が良くなったとしか考えられない。土壌改良の賜物だ。

働き手が増えたため頭数も増やし、現在、搾乳牛53頭、育成牛30頭の合計83頭。それで乳量がアップしたため、当然、牧場の利益は上がった。

川瀬牧場は1901年に青森から入植。乳牛の飼養には一部に放牧もとり入れている。

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