おいしいイタリア野菜の北イタリア的調理法

イタリアは北と南で作る野菜も料理も大きく異なる。
北イタリアの中でもグルメ垂涎の地、
ピエモンテ州の高級店で働いていた岡野健介シェフに、
プロの料理人が野菜をどう扱うかについて聞いた。

農業ビジネスベジVol.29(2020年春号)より転載

写真/岩田伸久(岡野シェフと岡野シェフの料理の写真)

2020/08/17

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岡野健介 中目黒「リストランテ カシーナカナミッラ」オーナーシェフ

トリノの星つきリストランテに勤めた経験をもとに、
イタリアの郷土料理をベースとしたモダンでクリエイティブな料理を生み出している。
世界レベルのイタリア料理を目指す次世代の料理人の1人。

「イタリアにイタリア料理はない」と言われる。あるのは、地元の食材で作られる各地の郷土料理で、人々はそれを大切に守りながら発展させてきた。料理もワインも文化も、それぞれの州や市町村ごとに独自性があり、イタリア人は誰もが「地元が一番」と思っている。

このイタリア料理の多様性は、国が南北に長く中央に山脈が走り、各地で気候風土が大きく異なること、そして1861年(日本では明治6年)に国として統一されるまで、各地に小さな都市国家が分立して、それぞれ独自の文化を育んできたことが背景にある。

イタリアには20の州があるが、岡野健介シェフが働いていたピエモンテ州はアルプス山脈の南に位置し、西はフランス、北はスイスと国境を接する北イタリアの州。州都トリノはかつてのイタリア王国の首都で、宮廷料理の伝統や洗練されたフランス料理の影響が色濃く残る美食の地。トリュフやチーズ、野菜などの豊かな農産物に恵まれ、アルプスから流れ出るポー川流域にはイタリア随一の米作地帯が広がる。ワイン好きには、最高峰の赤ワイン「バローロ」「バルバレスコ」で知られ、スローフード発祥の地としても有名だ。

イタリアの料理店は、フォーマルで高級な「リストランテ」、気軽で大衆的な「トラットリア」、居酒屋風の「オステリア」に分類される。日本のイタリア料理店は1980年代後半の「イタ飯」ブームをきっかけに爆発的に増え、今では店舗数が1万軒近くもある。その多くは、イタリアでいうトラットリア、オステリアが大半で、若い人にも敷居が低く、日本にしっかり根付いているが、近年は個性的な高級リストランテが存在感を増してきた。モダンでスタイリッシュな料理にファンの多い岡野シェフの「カシーナ カナミッラ」もそのひとつだ。

アルプスの峰を望むピエモンテ州の州都、トリノの街。山岳地帯では酪農が盛んで、伝統的なチーズも多い。ph:fabio lamanna

───シェフはピエモンテ州トリノの星つきリストランテ「ラ バリック」に4年半勤務されました。今日は、北イタリアの料理人が野菜をどう使っているのか、教えてください。

イタリアでもジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ホウレンソウなど、日本にもある野菜を使います。もちろん、イタリア野菜はふんだんに使いますが、大事なのは季節感と地方性。イタリア人は夏の野菜を冬に出したりすると、気持ちが悪いと思ってしまう人たちです。今は流通が発達して、遠方の野菜が市場に並んでいたりもしますが、基本的には地元の旬野菜を大事にします。

───それはどんな野菜でしょうか。

まず秋からいきましょう。ピエモンテの醍醐味は秋から冬で、この季節には美食が目的の観光客が続々と訪れます。

秋の味覚といえば、まずトリュフ、それに栗があげられます。ピエモンテのアルバはイタリア有数のトリュフの産地で、それも黒トリュフより香り高く高価な白トリュフ。これが届くと、いよいよ美食の秋の始まりです。

栗もピエモンテ州の名産で品質が高く、焼き栗やマロングラッセで有名ですが店では料理にも結構使いました。たとえば、栗でソースを作り、ジャガイモのニョッキや、コテキーノ(豚肉のソーセージ)を詰めたラビオリに合わせました。栗のソースは、ラルド(豚脂の塩漬け)を鍋肌に敷いて火にかけ脂を出し、渋皮をむいた栗を入れて軽く焦がしてから、水を加えて栗がほろっと崩れてくるまで炊き、塩味を整えます。ほんのり栗の甘味を感じる薄茶色のソースです。

ピエモンテでは栗は粉にして、ニョッキに使ったりもします。

───栗は日本でも秋の味覚ですね。ほかには?

セロリアックはよく使う野菜です。たいていはピュレにして(すり潰して)、肉料理の付け合わせにします。

ピエモンテ州特産の野菜で、日本であまり知られていないのがカルドでしょう。野生のアザミを改良したもので、これをさらに改良したのがカルチョーフィ(アーティーチョーク)です。カルドはローマなど他の土地でも作られていますが、ピエモンテ州のカルドは土を盛って軟白栽培されているので、生食もできます。見た目はセロリに似ていますが、フキのような苦味があり、その苦味がなんとも強烈なんですが、深い味わいがあります。秋から冬にはこのカルドもよく使っていました。薄い皮をむいて、セロリみたいにパキッと折って筋をとり、バターでよく炒めてから豚のフォン(だし)で落とし蓋をして煮ます。ホクホクとコリコリの中間くらいのニュアンスまで煮たら、長さを揃えて切ります。皿にキクイモのピュレを敷き、トリュフを削り、その上に薪を重ねるようにカルドを重ね、キクイモのチップやポレンタの揚げたものなどをアクセントに添える料理は、カルドそのものを味わう季節の料理でした。

カルドは昔からバーニャカウダには欠かせない存在です。生のままスライスして食べるんですが、苦くて処理が面倒だから、若い人はだんだん使わなくなってきたみたいです。面倒なものが減っていくのはどの国も同じ。ただ、イタリアは保守的な国だから、変化はすごくゆっくりです。

───バーニャカウダは日本にすっかり定着して、居酒屋メニューにもなっているほどですが、もともとはピエモンテの郷土料理だそうですね。

料理名はピエモンテ語で「熱いソース」という意味で、寒い季節の鍋料理です。野菜の収穫を終えた農家の人が集まって、刻んだニンニクとアンチョビを加えたオリーブオイルを鍋で熱々に温め、収穫した野菜をつけながら食べて冷えた身体を温めたのが始まりだと言われています。

もともとが農民の料理でしたから、高級リストランテのメニューにはまずのらない料理です。かといって、カジュアルな店にあるわけでもない。現地で普通に暮らしている限り、あまり目にとまる料理ではありませんでした。

ただ、秋から冬の季節には、伝統的なものを残そうという動きから、ピエモンテ各地の農村地帯でバーニャカウダ祭りが行われるようになっています。トリノから1時間ほどのイブレアという村に有名なオレンジ祭りを見に行ったことがあるのですが、ここでもオレンジ祭りに合わせてバーニャカウダ祭りが開催されていました。タイミングが合わず会場には行けなかったのですが、教えてくれた人に写真を見せてもらうと、長テーブルをずらりと並べて1人ずつにテラコッタ製のバーニャカウダポットをセットし、民族衣装を着た人たちがワイン片手にみんなでバーニャカウダを楽しんでいる。まさに野菜のお祭りでした。

ピエモンテの人、というか北イタリアの人は、基本的にニンニクが嫌いです。自分が臭いのも人が臭いのもイヤなので、料理にニンニクを使うときも、皮ごとつぶして最初にオイルに香りだけ移し、取り出してしまう。バーニャカウダは今はニンニクを牛乳で煮こぼして匂いをおさえますから家庭などでは食べるのかもしれないけれど、少なくともピエモンテの昔の貴族は口にしなかったでしょうね。同じイタリアでも、ニンニクをきかせた料理が好まれる南部の方とはだいぶ違います。

そうそう、バーニャカウダといえば、キクイモもカルドと並んで必須の野菜で、生のまま薄切りにして食べます。

バーニャカウダはピエモンテ州発祥。左上の白い野菜がカルド。ph:Alain Intraina

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